教 授

太 田 英 二

1. 研究室の概要(平成17年4月-平成18年3月)

平成17年度における本研究室は、学生9名、うち大学院博士課程2名(D3、D1、各1名)、修士課程2年2名、学部4年5名で構成された。
本研究室の研究テーマは、以下のように分類できる。

[ A ] 半導体材料に関する研究

[ B ] 薄膜の磁気抵抗効果に関する研究

[ C ] 導電性薄膜に関する研究

[ D ] 有機薄膜に関する研究

2. 研究活動

目的および内容

[ A ] 半導体材料に関する研究

[A-1] 第一原理計算によるSi結晶中Mnの歪み効果の影響の検討 (D1 藪内)

現在のエレクトロニクスにおいて、半導体によって実現される電気的、光学的機能は電子の持っている電荷を利用し中心的な役割を果たしている。近年、電子の持つ電荷とスピンのふたつの自由度を積極的に取り入れることにより新しいエレクトロニクスの発展を目指したスピンエレクトロニクスの研究が盛んに行われている。
電荷とスピンという二つの自由度を利用する方法として考えられる中のひとつに、半導体中に磁性原子を導入し、その不純物原子の担うスピンと半導体中の電荷を利用するものがあり、これまでに強磁性を示す磁性半導体がいくつか見出されている。半導体エレクトロニクスの中心であるSiやGeなどⅣ族をベースとする磁性半導体は、従来のデバイスやプロセス技術の融合性を考えると非常に重要である。しかしSiをベースとする希薄磁性半導体の作製に関していくつかの困難があり、その一つとしてSi結晶中の孤立Mnの固溶度は非常に低く、化合物であるシリサイドを容易に形成してしまい、Si結晶中で孤立Mnは不安定である。そのMnの安定性の改善方法として、Si結晶に歪みを与えることによりMnの安定性を向上させる方法が考えられる。
そこで本研究では、第一原理計算により歪みSi結晶中Mnの安定性および磁気特性の評価を行っている。

[A-2] Si微粒子を埋め込んだMOS構造の特性 (M2 国峯)

近年、MOS構造の酸化膜層(SiO2)中で、半導体層から数nmの位置に、Si微粒子が散りばめられた層を挟んだ構造のメモリが注目されている。現在のフラッシュメモリには、フローティングゲートという電子を蓄える層が酸化膜層の中に作製されている。このフローティングゲートの代わりに、Si微粒子に電子を捕獲させることでMOS構造の反転層しきい値電圧を変化させ、メモリとしての動作が可能となるというものである。本研究では,Si基板にSiOを真空蒸着し、これをアニールすることによりSiO層をSi微粒子が含まれたSiO2の層になる変化を利用し、MOS構造を作製した。このMOS構造の最適な作製条件と微粒子の動作を中心に研究を行った。SiOを窒素雰囲気中において、700度で30分間アニールすることにより、適量でかつ均等に分散したSi微粒子層を作製することができるということがわかった。600度で30分アニールし、Si微粒子を埋め込んだMOS構造とした試料が、ヒステリシスを示した。ヒステリシス特性が現れた原因を調べた結果、Si微粒子が電子を捕獲したことによるものである可能性が高い。ヒステリシスの幅を計算したものと実験値を比較した結果、一つのSi微粒子に複数の電子が捕獲されていることがわかった。このヒステリシスは、印加した最大の負電圧をかけることによってヒステリシスの幅は広がった。これは印加した負電圧が大きいほどSi微粒子に捕獲される電子が多くなるためであると考えられる。また、負の一定電圧を印加し続けると、静電容量の値が変化していくという現象も見られた。これは、微小な漏洩電流によるものか、Si微粒子に電子が捕獲されていく過程で時間が必要であるということを示すと考えられる。

[A-3] 半導体ダイヤモンドの基礎物性に関する研究 (D3 佐藤)

近年、高温・高出力等の過酷な環境下においても、安定に動作する耐環境電子材料として半導体ダイヤモンドが注目されている。そこで本研究では、半導体ダイヤモンドの基礎的な物性、特に電気的特性や熱的特性などを研究している。低温領域におけるp型の単結晶人工ダイヤモンドの電気抵抗測定では、Mottのvariable range hopping (VRH)、さらに低温では、ロシアのEfrosらが提唱している伝導機構の“クーロンギャップ”や“hard gap”が観測される。
p型の単結晶人工ダイヤモンドの生成-再結合ノイズ(generation-recombination noise)を測定すると、特に120Kおよび67Kにおいて生成-再結合ノイズのピークが観測された。120Kにおけるピークは、バンド幅10.4meVのhard gapの存在を示すものであると考えられる。また、67Kにおけるピークは、5.8meVのバンド幅を有する“ウィグナー結晶”の存在を示すものであると予想される。
そこで今年度は、ウィグナー結晶の存在を磁性の立場から実証するため、高感度のSQUID(超伝導量子干渉計)を用いて、その観測を試みた。具体的には、p型の半導体特性を示す100ppm程度のボロンがドープされた単結晶人工ダイヤモンドの磁化率を、5Kから300Kの低温領域において測定した。しかし、ダイヤモンドの磁化率は非常に小さく、再現性がある測定結果を得るまでには至らなかった。現在、試料ホルダーや測定機器などの改良を行っている。半導体ダイヤモンドの磁気的な特性を明らかにするため、来年度もこれまでの研究を継続する予定である。

[ B ] 薄膜の磁気抵抗効果に関する研究

[B-1] バナジウムドープZnO希薄磁性半導体の作製と評価 (B4 蔀)

現在の半導体エレクトロニクスは、半導体の中を流れる電子の持つ電荷を利用したものである。次世代の情報技術ではより集積度が高く高速なハードウェアが求められており、電子のもう一つの自由度であるスピンも利用する試みが最近盛んになされている。キャリア制御を通してスピン制御が可能な強磁性半導体に関する研究は、今後大きく進展する可能性がある。しかし、今のところ、最も盛んに研究されている強磁性半導体であるMnドープGaAsのキュリー温度が室温を大きく下回ってしまう。したがって、応用上の観点から、高いキュリー温度を持つ強磁性半導体が必要である。ZnOのようなワイドギャップ半導体では、室温以上の高いキュリー温度が実現する可能性がある。
そこで本研究では、ZnOにVをドープすることにより、室温以上のさらなる高キュリー温度の強磁性半導体を作製することを目的としている。
イオンビームスパッタにより試料を作製し、各種特性を測定した。基板温度を上げた上での酸素吹き付けにより、良い結晶性を持つ Zn1-xVxO薄膜を作製する事が出来た。また、X線回折の結果より、ZnはVと良く置換されていることがわかった。しかし、磁気測定によると強磁性的振る舞いは示していないので、さらなる検討が必要である。

[B-2] FePtCuナノ粒子分散グラニュラー薄膜の作成と評価 (B4 岡本)

トンネル磁気抵抗(TMR)効果は磁場による抵抗変化が非常に大きく、高感度磁気記憶センサやMRAM等への応用が期待されている。TMR効果の発現には強磁性層/絶縁層/強磁性層の構造のTMR素子が用いられる。この素子の特性は電極に用いる強磁性金属の種類だけでなく、バリアに用いる物質、更には接合の膜厚・界面状態に大きく左右される.また、バリアをグラニュラー構造とするなどして、TMR比の増大、バイアス依存性を改善する試みもなされている。本研究では絶縁性有機物に注目した.そこで、本研究では高い磁気異方性を有するFePtCuナノ粒子を分散させた有機物絶縁体グラニュラー薄膜を作製・評価し、さらに磁気抵抗素子への応用を検討した.
ポリオール法によりFePtCuナノ粒子を作製しポリイミド前駆体に分散しグラニュラーとした.真空蒸着法とスピンコート法を用いてCo/グラニュラー薄膜/Co構造を作製し、直流4端子法によりI-V特性、磁気抵抗効果を測定した。グラニュラー薄膜の保磁力は600Oeであった。Co/グラニュラ-薄膜/Co接合において、抵抗値は温度に依存していた.これにより、今回作製した素子がトンネル素子と成っていることが確認された.抵抗値の磁場依存性はグラニュラー薄膜の保磁力付近でピークを示し、磁気抵抗効果が確認された.

[ C ] 導電性薄膜に関する研究

[C-1] イオンビームスパッタによる金ドープ非晶質炭素薄膜の電界放出特性 (B4 田所)

非晶質炭素薄膜(DLC:Diamond-like Carbon)はsp3結合とsp2結合を含むアモルファスカーボンのことで、機械的な硬度、化学的不活性、低い電子親和力と放出サイトへの伝導路の役割を有し、電界放出が生じやすい構造と成っている.これは電界放出型ディスプレイ(FED:Field Emission Display)として次世代平面ディスプレイの電子放出源としての応用が期待されている.DLC膜の持つ高い絶縁性を改善するために金属をドープすることでより良い電界放出特性の実現が期待される.
本研究では、作製したDLC膜の電界放出特性測定と評価を行い、DLC膜作製条件(スパッタ時間、金属ドープの有無)が、電界放出に与える影響を調べた.金属としては化学的に不活性で酸化しにくいことからAuを選択した.
DLC膜は、イオンビームスパッタリングを用いて、n型Si基板上に作製した.Auをドープする際は、Auワイヤを貼付けたグラファイトターゲットを用いた.電界放出は真空中においてI-V測定を行った。膜厚測定を斜入射X線反射率法、sp2/sp3比をラマン分光法、DLC膜中のC,Au組成比を電子線マイクロアナライザ(EPMA)、膜表面を環境制御型走査電子顕微鏡(ESEM)を用いて測定した。抵抗率は膜垂直方向I-V特性から求めた.
DLC膜にAuをドープすることにより電界放出特性は改善された。1時間スパッタを除き、スパッタ時間が短いほど低い閾電圧が得られた.またAuドープにより抵抗率は低くなり、抵抗率の減少が閾電界の低下に関係していることが分かった.

[ D ] 有機薄膜に関する研究

[D-1] Alq3膜における表面電位の蒸着条件依存性 (M2 本村)

有機EL素子は,電界を加えることにより,陰極から電子,陽極から正孔を注入し,有機層で再結合させ発光させる素子である.この電子輸送層兼発光層としてtris-8-hydroxyquinoline Aluminum (Alq3) が多く用いられる.Alq3膜は、光を遮断した状態で真空蒸着法によって製膜すると、非常に大きな表面電位が発生し、光照射により消失するという現象が報告されている。しかし、その発生機構については、確かなことは分かっていない.
本研究では、様々な条件において蒸着したAlq3膜の膜厚に対する表面電位の変化の様子をケルビンプローブ法(KPM)によって測定し、熱刺激電流(TSC)測定により膜内部の電気的な状態を考察した.
暗所においてITO上にAlq3を真空蒸着により成膜すると、自発分極による巨大表面電位が観測された.表面電位の大きさは蒸着速度に依存しており、蒸着速度2.0nm/sの試料では、膜厚に対し傾き+0.04V/nmで変化する生の表面電位が、0.05nm/sの試料では、傾き-0.02V/nmで変化する不の表面電位が得られた.また、蒸着時の基板温度を変化させることによる表面電位の変化も観察された.
Alq3膜をAl電極で挟んだ試料を作製し、熱刺激電流を測定すると、350Kを超える温度領域では、大きな負のTSCが観測された。この負のTSCは、巨大表面電位が双極子の配列によるものであると仮定した場合は負の表面電位に、実電荷のトラップによるならば、正の表面電位に対応する.これらの結果をもとに表面電位発生のメカニズムを考察すると、正の表面電位と負の表面電位は異なる機構に基づいて発現するものであると考えられる.

[D-2]有機EL材料Alq3薄膜の作製条件と発光特性 (B4小川)

新しい発光素子として注目されている有機ELは数種類の有機薄膜を重ね、電界を印加することで電極から正孔、電子が注入され有機層中で再結合することで発光する素子である。有機ELの作製方法として低分子有機材料を中心に真空蒸着法が用いられる。真空中で試料を加熱、昇華させて、離れた基板上に試料の薄膜を作製する真空蒸着法は、熱や湿気に敏感な有機物を試料として使用した際に有機物に変質、分解が起こることが考えられる。そこで、有機ELの発光層、電子輸送層として代表的なAlq3に注目し、この物質を真空蒸着したことによる有機ELへの影響を検討することを目的に実験を行った。
Al(100nm)/Alq3(100nm)/ITO構造の有機EL素子をAlq3蒸着速度、真空中雰囲気を変えて作製し、電流‐輝度‐電圧(L-I-V)特性を評価した。この結果、Alq3蒸着速度0.2nm/secのとき発光輝度がもっとも大きく、この前後の蒸着速度では輝度は大きく減退した。しかしN2、Ar雰囲気において速いAlq3蒸着速度(0.8nm/sec)で作製した場合では輝度の減少は起こらなかった。輝度減少は電流の低下に起因しており、速い蒸着速度の場合、O2によるAlq3の変質が起こり、伝導性が低下、従って発光が減少したと考えられる。
今後は、速い蒸着速度による試料への影響を調べるため、ケルビンプローブ法による接触電位差測定などを行っていく予定である。

[D-3] 有機発光材料の熱刺激電流測定 (B4 湯沢)

有機EL素子は電圧を印加することによって、陰極から電子が、陽極から正孔がそれぞれ有機層に注入され、再結合して発光する自発光型の素子である.有機層の内部には、薄膜に電極を蒸着することなどにより電荷トラップが存在すると言われている.電荷トラップに電荷が捕獲されると注入された電荷に比較して発光に利用できる電荷が減少することになる.本研究では、有機EL素子材料として一般的に用いられるAlq3の熱刺激電流TSCを測定して、電荷トラップの検出を目的とした.
TSCの発生機構には電荷トラップによるTSCと双極子緩和によるTSCがある。電荷トラップによるTSCでは電圧を印加すると電荷がトラップに捕獲され、双極子緩和によるTSCでは双極子が配向するこの状態で冷却し、温度を一定速度で上昇させることにより、電荷はトラップから放出され、双極子は配向が乱れて、それぞれ電流として観測される.
典型的なTSCでは、150Kと220Kにピークを有するスペクトルを得た。150Kピークは双極子緩和によるTSCと考えられ、双極子の回転に必要な活性化エネルギーは0.25eVであった。一方、220Kのピークは電荷トラップによるものと考えられ、このトラップは上部電極側に多く存在することが分かった.トラップは少なくとも7×108/cm2以上あり、トラップの起源はAlq3に電極を蒸着したことによると考えた.

3. 発表論文・学会講演 他

[ A ] 発表論文

  1. S. Yabuuchi, E. Ohta, H. Kageshima, A. Taguchi: First-principles study of strain effects on Mn in Si; Physica B 376-377, 672-676(2006).

[ B ] 国際会議

  1.  2005年7月 S.Yabuuchi, E.Ohta, H.Kageshima, A.Tagudhi
    “First-principle study of strain effects on Mn in Si”
    The 23rd International Conference on defects in Semiconductors
  2. 2005年 月 S. Yabuuchi, E. Ohta, H. Kageshima
    “Strain effects on Mn in Si : First-principles study”
    International Symposium on Mesoscopic Superconductivity and Spintronics 2006 (MS+S2006)

[ C ] 学会・研究会等

  1. 2005年9月 籔内 真、太田英二、影島博之、田口明仁
    「第一原理計算によるSi結晶中Mnへの2次元歪みの影響の検討」
    第66回応用物理学会学術講演会、徳島大、徳島
  2. 2006年3月 籔内 真、太田英二、影島博之
    「第一原理計算によるSi結晶中Mnの荷電状態の濃度依存性の検討」
    第53回応用物理学関係連合講演会、武蔵工大、東京
  3. 2006年3月 本村玄一、太田英二
    「Alq3膜における表面電位の蒸着条件依存性」
    第53回応用物理学関係連合講演会、武蔵工大、東京

[ D ] 博士論文(太田教授が審査に加わった博士論文)

  1. 久保 俊晴 「ニオブ/黒鉛複合系の超伝導近接効果に関する研究」
    工学博士(甲) 主査:太田 副査:椎木、佐藤、的場、安西
  2. 海住英生 「磁気抵抗効果素子を用いた発振制御型高感度磁気センシングに関する研究」
    工学博士(甲) 主査:椎木 副査:太田、的場、松本
  3. (3) 八木下淳史 「CMOSトランジスタにおけるメタル電極・歪みチャネル技術の開発」
    工学博士(乙) 主査:松本 副査:黒田、中野、太田
  4. 阿部英介 「Enhanced Diffusion of Silicon and Boron in Thermal Oxides Formed on Silicon Substrates」
    工学博士(甲) 主査:伊藤 副査:太田、藤谷、今井、植松(NTT)

[ E ] 修士論文(基礎理工学専攻 応用物理専修)

  1. 国峯孝祐 「Si微粒子を埋め込んだMOS構造の特性」
  2. 本村玄一 「Alq3膜における表面電位の蒸着条件依存性」

[ F ] 卒業研究(物理情報工学科)

  1. 岡本崇生 「FePtCuナノ粒子分散グラニュラー薄膜の作製と評価」
  2. 田所さゆり 「イオンビームスパッタによる金ドープ非晶質炭素薄膜の電界放出特性」
  3. 蔀拓一郎 「バナジウムドープZnO希薄磁性半導体の作製と評価」
  4. 小川 聡志「有機EL材料Alq3薄膜の作製条件と発光特性」
  5. 湯沢智 「有機EL材料Alq3の熱刺激電流測定」

[ G ] 在学生の研究テーマ

  • D3 佐藤俊麿 「半導体ダイヤモンドの基礎物性に関する研究」
  • D1 薮内真  「第一原理計算によるSi結晶中Mnの歪み効果の影響の検討」

4.その他

[ A ] 平成17年度修了、卒業生などの進路(就職・進学先など)

通商産業省
日本放送協会
慶應義塾大学理工学研究科修士課程基礎理工学専攻進学 3名
フランス留学

[ B ] 受賞

なし

[ C ] その他

  1. ゼミ合宿(夏) 岩井(千葉)(2005年7月)
  2. 打ち上げ合宿 野沢温泉(2006年2月9日-10日)