1999年度 横井研究室

構成

助教授:
横井康平
修士:
武元理矢,杉山肇,唐原健,松原大,米谷佳晃
学部:
上野広伸,片岡成公,松原裕樹,山本治郎

研究成果

a. 結晶内ベンゼン分子ステップ回転における分子近似の影響

結晶内でベンゼン分子は、NMRスピン整列と中性子散乱実験により,6回回転軸まわりのステップ回転をしているであろうと予想されているが,シミュレーションで確認されている。しかし,結晶構造をよく再現するようなポテンシャル関数・パラメータを用いた剛体分子モデルの分子動力学シミュレーションから得られる平均ステップ回転周期は,実験値より随分大きくなる.そこで,分子内自由度を拘束しないフレキシブル分子モデルを用いたシミュレーションを行い,結果を比較検討した.分子内力場はMM3を用いた.3次元周期境界条件を適用したシミュレーションセル内に108 分子を置き,時間ステップは剛体モデルでは2fs,フレキシブルモデルでは0.2fs,気圧は1atm,温度は210, 240, 270Kで行った.結果は結晶構造についてはどちらもほとんど同じであり実験値を再現している.しかし,フレキシブルモデルでは分子回転しやすく,アレニウスプロットによる回転の活性化エネルギは実験値,剛体モデル,フ レキシブルモデルで各々3.0, 4.1, 2.6×10-20J となった.分子の変形で回転障壁が 低くなったものと思われるが,回転速度そのものはまだ実験値よりかなり小さいため ,分子の内部自由度だけでなく他の要因も考慮する必要があると思われる.

b. 分子動力学法によるフラーレン C60 の固体潤滑剤としての研究

フラーレンC60分子は切頭二十面体(サッカーボール状)構造を有し,非常に球形に近い構造であり,固体内C60分子は常温において等方的に回転している.これを固体潤滑剤として用いれば磨耗のない理想的な固体潤滑剤ができるのではないかと考えた.分子間斥力の作用範囲は分子間引力のそれよりも遥かに小さく,摩擦によるエネルギーの損失は一つの分子が他の分子の斥力範囲まで近付いて,再び離れるときの不可逆的なエネルギー伝達に起因する.そこで,その現象を最も適当であると考えられる分子動力学シミュレーションで調べた. 本研究ではC60分子を剛体と仮定し,面心立方結晶構造に従って配置した108分子を上下2層に仮想的に分割し,層方向に2次元周期的境界条件を設定した.その2層内の分子に接面に平行な互いに逆方向の力を加え,層間のずれの発生する様子を調べた.その結果分子回転を固定した場合に比較して,分子回転を許す場合は小さな力で層間の滑りが発生し,分子回転に摩擦を小さくする効果のあることが判明した.

c. 電荷平衡法による電荷更新分子動力学シミュレーション

通常の分子動力学シミュレーションでは原子上電荷を固定しているが,現実の系では時間とともに変化しているはずである.そのような電荷を取り入れたシミュレーションを行う場合,電荷計算に分子軌道法を用いると繰り返し計算(SCF計算)のために膨大な計算時間を必要とする.それに対し,電荷平衡法は計算時間が短くて済む電荷計算法であるため,この方法が実用rベルの正確さで利用可能であれば計算時間を短縮することができる.その電荷平衡法はGoddardとRappeにより提案された方法で,N原子系の静電エネルギーと電気陰性度を用い,平衡状態ではこの電気陰性度が全ての原子について等しくなるという条件と系全体の電荷の保存条件から得られるN個の連立一次方程式を解くことで電荷を求める方法である. 電荷変動について,エチレン分子結晶で同一の時系列座標データを用いて調べた結果,電荷平衡法電荷は分子軌道法電荷に比べてその値が大きく異なるだけでなく変動幅も大きいことが分かった.また,固定電荷,電荷平衡法電荷,及び分子軌道法電荷を用いた場合の結晶構造のシミュレーション結果はそれらの電荷の値を平均として同 じになるようにスケールすればほぼ同様の結果を与えることが分かった.

d. 平均分子配置拘束MDにおける分子運動

モデルポテンシャルを用いた分子動力学シミュレーションで信頼できる結果を得るためには,一般的には正確なポテンシャル関数が必要であるが,どんな対象物質に対しても使える正確なポテンシャルy関数は存在しない.しかし,結晶構造が既知である物質のその光学的あるいは電気的な性質などだけを調べたい場合,必ずしも正確ではないポテンシャル関数を用いても信頼できる結果をもたらす方法を検討した. 光学的・電気的性質は結晶の格子定数と分子配向の平均値が正確に与えられ,分子運動が正確に与えられれば良い.従って,実験で格子定数と分子配向が既知であれば,それらの平均値が実験値になるように拘束したシミュレーションを行えば,分子運動が正確に記述される限り,必ずしもポテンシャル関数が正確ではなくてもよいことになる.格子定数の拘束は圧力を制御することにより行い,分子配向は分子運動が調和的であるとの仮定のもとで,分子に並進力・回転力を与えて実験値に拘束すれば良いと思われるが,ナフタレン結晶での予備計算の結果,シミュレーションセルは固定,並進力は零で行い,分子(並進・回転)運動幅が小さくなり過ぎることが判明した.つまり,正確ではないポテンシャル関数とは言っても,どんなものでも良いわけでは無く,適当に(正確なものよりも)ソフトな関数を使う必要があることが分かったため,その方針で試したところ目的を達成した.

e. 分子動力学法による球状高分子の研究

球状高分子であるアゾデンドリマーの赤外線による光異性化過程に関与していると考えられている、溶媒によるエネルギー拡散を防ぐシェル効果とデンドロンで得たエネルギーをコアに集める分子内振動伝達機構について定性的・定量的な説明を試みた。そのために、分子動力学計算による溶媒中での幾何構造、MM3分子力場での調和 振動解析、パワースペクトル解析、擬調和振動解析による振動スペクトル計算、特定振動数モード励起による振動伝達過程の主成分解析などを行った。結果として、シェル効果の指標であるコア内包度にデンドリマー世代数による差は現れず、溶媒中の世代によるシェル効果の差は無かった。また、振動スペクトルに関しては、800cm-1付近のギャップの存在が確かめられ、1600cm-1の振動モード励起により、800cm-1付近の振動モードから異性化に寄与するといわれている530cm-1付近のモードに振動エネルギーが移動集中することを定性的に確かめた。また、室温の高分子ではポテンシャルエネルギー極小点(EM)を渡り歩く分子内構造の揺らぎが起きるが、分子動力学法で得た原子の軌跡を擬調和振動解析で調べることにより、構造の揺らぎ易さを低振動数域での擬調和振動モード数の増加と関連付けた。これはEM間の遷移によってみかけ上その基準座標の振動数が低くなることによるものである。その結果、世代数が増加する程、構造の揺らぎが少なくなる、つまり、分子サイズが大きくなる程、溶媒作用による振動エネルギー損失が減少し、異性化し易いという実験結果を説明でき ることが判明した。

f. マルチカノニカル分子動力学法による直鎖状分子の構造最適化シミュレーショ ン

高分子の自然の立体構造に対応する自由エネルギー最小状態を分子シミュレーションによって実現することは大変困難である。それはエネルギー関数に無数の極小状態が存在するためである。従って、エネルギー障壁を減らす目的で分子内自由度の種類(数)を制限する場合が多いが、一般にポリエチレン分子などの直鎖状分子鎖の凝集力は非常に弱いため、そのような近似をせずに凝集阻害要因(歪みエネルギー)も正確に考慮されるべきであろう。本研究はそのようなモデルのもとで、複雑なエネルギー関数を持った系のエネルギー最小状態を、近年高分子の構造最適化法として注目されているマルチカノニカル法を分子動力学シミュレーションに適用して調べることを目的としている。その方法はエネルギー空間上の1次元ランダムウオークを実現する方法であり、広範囲のポテンシャルエネルギー状態が均等に現れるようにマルチカノニカルアンサンブルの確率分布関数与え、エネルギー障壁を乗り越えて広いエネルギー領域においてサンプリングが進む。また、得られたマルチカノニカル集合の確率分布関数から任意温度のカノニカル集合確率分布関数が得られる。対象は直鎖状パラフィンで、重合度50,100,150,200の分子を用いた。結果としてどの分子の場合もエネルギー最小状態には到達しなかった。小さな分子の折り畳み構造は実現したが、大きな分子では絡み合い構造から抜け出ることができなかった。また、理想的にはフラットになるはずの確率分布関数は中間エネルギー領域で発現頻度が少ない形となった。それは奇妙なランダムウオークを繰り返すからであり、その最大要因はステップ幅の決め方にあるであろうことが判明した。

g. ビーズ形ポテンシャルモデルを用いた液晶分子のモンテカルロシミュレーショ ン(M2年:松原大)

実際の液晶セル内の分子配向解析においては、計算時間の制約から簡略化分子モデルを用いたモンテカルロシミュレーションが便利である。しかし、研究で用いられるその簡略化モデルの実用性は明らかではない。本研究では、1つの直線状に結ばれた球状のソフトコア・ビーズで液晶分子を表すビーズモデルを用いてTN配列の液晶の特徴が表現できるかを検証した。液晶セルの構成は液晶とそれを挟む基板である。TN液晶セルは基板に平行な面内での分子配向が層ごとに連続的にねじれているものであり、基板は配向処理が施され液晶分子の配向を制御する役割を持つ。実際に基盤として用いられる高分子膜の代わりに配向作用表現の簡略化も試みた。作用点をビーズの中心に持つポテンシャル関数としてはLennard-Jones型を用い、分子間相互作用は各サイト間の総和で表わした。4つのビーズで構成された1000分子を1:1:4の軸比の直方体セルに置き、空間充填率は0.52とし、2次元周期境界条件のもとでカノニカルアンサンブルでシミュレーションした。基板の配向作用は、基板に接した液晶分子層1層を上下で90度偏向して固定して代用した。結果は、分子配向の揃い具合の目安となる秩序パラメータ値が各層で約0.4以上の値を示し、分子配列は液晶相を形成していることが分かった。また、シミュレーションセルを10層に分割した場合の各層分子の平均配向が、層ごとに角度が連続的に変化してTN配列していることが判明した。これにより、簡略化ビーズモデルでもTN配列の特徴をある程度再現できることが確認できた。

h. ベンゼン結晶の圧力誘起相転移

ベンゼン結晶は1atm、270Kで斜方晶系 Pbca相(相I)をとり、高圧25katmでは単 斜晶系 P21/c相(相III)に相転移することが実験でわかっている。しかし、分子動力学シミュレーションではこの相転移はうまく発生しない。それは、エネルギー的な安定・準安定関係が正しく表現されても、シミュレーションではその間のエネルギー障壁の高さにより相転移の実現可能性が決まるからである。そこで、パリネロ-ラ-マンの定圧MD法における可変MDセルの運動量を人為的に操作し、セルの変動を大きくすることにより、相転移を促進させることに成功した。今回、セルの運動量を操作する方法として、セルの仮想質量をシミュレーション中に瞬間的に大きくすることを検証した。その仮想質量を一定にしておくと、平衡状態ではセルは平均構造のまわりでゆらいでいる。このとき仮想質量を瞬間的に大きくするとセルの加速度の大きさが瞬間的に小さくなる。そのため、その瞬間にセルがある程度の速度をもっていれば、平均構造から大きく逸脱する。結果として結晶構造はある程度の秩序を保ったまま全体的に大きく変形する。このとき構造間のエネルギー障壁を越えれば、別の構造に転移することになる。ベンゼン108分子を用いたシミュレーションの結果、相Iから始めて圧力を上げると同時にセルの仮想質量を100倍すると、相IIIに転移したり、別の相IIに移った。その場合、仮想質量を変えないと相転移しない。この他に相IIから相IIIの転移が起ることも確認できている。このような結果から、この方法は可能で未知な 晶構造の探索にも有用であると思われる。

i. 半経験的ポテンシャルを用いた分子動力学法の開発

従来のモデルポテンシャルを用いた分子動力学シミュレーション法の欠点は、シミュレーション中のポテンシャル関数が固定であることである。そのため分子運動に伴い逐次変化するはずの電子状態の変化に対応できない。そこで、分子間相互作用を表現するポテンシャル関数の総ての項を構成原子上の電荷の汎関数で表し、その電荷分布を然るべき方法(分子軌道法、電荷平衡法など)で逐次求めることでポテンシャル関数を更新する方法を以前考案した。今回はその電荷汎関数ポテンシャル関数の有効性を一連の分子結晶において精密に検討した。 評価は、剛体分子近似のもとでの数々の分子結晶での最適パラメータを用いたシミュレーションによる結晶構造の再現性で行った。対象とする分子は同一タイプの炭素原子と水素原子だけから構成される平面型の縮合環芳香族を用い、炭素原子のパラメータのみを最適化し、水素原子パラメータは固定した。また、原子上電荷はPM3半経 験的分子軌道計算に基づくESP電荷(静電ポテンシャル場にフィットさせた電荷)を 用いた。分子動力学シミュレーションは比較対象の実験条件での定温・定圧で、各々 20000ステップ行った。 各々の分子結晶における最適ポテンシャルパラメータにおいて、実験結晶構造と計算結晶構造を比較した場合、ポテンシャル関数の改良によりオバレンを除き総ての分子結晶で結晶構造の再現性が改善された。オバレンに関しては(コロネンも同様であるが)改良前からすでに再現性が極めて良いためその改善効果が現れにくいためと思 われる。 この詳細な計算結果より新たな問題点が明らかになった。それは、同じ原子タイプであると考えられてきた炭素でも分子(分子結晶)が異なると最適パラメータが大きく異なることである。例えば、同系列のナフタレン、アントラセン、テトラセン、ペンタセンを比べてみると、炭素位置偏差は分子の大きさを反映した結晶格子定数の大 きさの順に大きくなっているが、その最適パラメータの組は前2者と後2者で大きく離れている。これは前2者の結晶構造が単斜晶で後2`者が三斜晶で異なること、および結晶内での分子配向が前2者間と後2者間での類似度に比較して両者間では類似度が低いことが原因であると思われる。つまり多分、分子間相互作用(特に分散項)の異方性をポテンシャル関数に反映する必要のあることが分かる。

研究発表

  • 米谷佳晃、横井康平 分子動力学法によるベンゼン結晶の圧力誘起相転位 日本物理学1999年秋の分科会27aP-11,平成11年9月  岩手
  • 杉山肇、横井康平 放射状枝別れ高分子の分子動力学法による擬調和基準振動解析 第13回分子シミュレーション討論会161S,平成11年12月  京都
  • 米谷佳晃、横井康平 結晶相転位の分子動力学法 第13回分子シミュレーション討論会167S,平成11年12月  京都

学位論文

修士

  • 杉山肇:分子動力学法による球状高分子の研究
  • 唐原健:分子のフレキシブル性を考慮したマルチカノニカル分子動力学法の研
  • 松原大:ビーズ形ポテンシャルモデルを用いた液晶分子のモンテカルロシミュレー ション
  • 米谷佳晃:ベンゼン結晶の圧力誘起相転移 学士
  • 上野広伸:結晶内ベンゼン分子回転における剛体分子近似の影響
  • 片岡成公:分子動力学法によるフラーレン C60の固体潤滑剤としての研究
  • 松原裕樹:電荷平衡法による電荷更新分子動力学シミュレーション
  • 山本治郎:平均分子配置拘束MDにおける分子運動

進路

富士通 三菱スペースソフトウエア 日産自動車 慶応義塾大学大学院理工学研究科 豊田自動織機 日立システムアンドサービス

■研究助成

  • 学事振興資金「有機分子間ポテンシャル関数の精密化と高速最適化」

Dept. Applied Physics and Physico-Informatics