2002年度 武藤研究室

はじめに

当研究室では光物性あるいはオプトエレクトロニクスの立場から基礎と応用を結び付けるテーマを取り上げている。近年光を利用した素子装置の開発が盛んである。しかしながら個々の場合についてみてみると、必ずしも基礎的な問題との関連が明らかになっているわけではない。又これらの光物性と他分野との関係も明確になっておらず、むしろ経験的に問題を解決し先を急いいでいるのが現状であろう。これは一つには光物性の分野が未だ発展途上にあり、一つの太い筋道をとおしての議論ができていないことにもよっている。
昨年度(2002.4-2003.3)当研究室は太陽電池に関連したテーマを取り上げてた。そのとりあげ方は電池薄膜材料、太陽電池の構成、さらには新しい太陽電池の動作解析と多様であるが、いずれも太陽電池作製において、又太陽電池システムを使いこなしていく場合に光物性の立場から理解しておかねばならない問題である。
なお、今年度は以下に記すように12月に開催されたKeio Techno Mallにおいて、他専攻をも含む他研究室と共同で一つのブースでの発表と云う新しい試みもおこなった。

研究テーマ

DSCセルの解析及びセル設計への指針

太陽電池として注目されているDSC(Dye Sensitized Solar Cell)セルの研究は解析よりも実験的試行錯誤が先行して発展してきている。当研究室では、このDSCセルについての解析を行ってきた。
DSCセルの解析例は、電解液を用いた(ナノ半導体粒子/表面での光吸収色素/電解液/対極)という電解液を用いた構成の場合についてJ.Ferberによるもの(J.Ferber,R. Stangl and J.Luther,Sol.Energ.Mater.Sol.Cells 53(1998) 29.)をはじめいくつかあるが、その解析が複雑で物性量の特性に及ぼす効果が分かり難く、セル設計の指針と成り難い。そこで我々の研究ではより単純な、諸物性量のDSCセルの電流ー電圧特性に及ぼす影響が分かりやすいモデルを構築し、セルを構成する各パラメータの電気的特性への寄与を定量的に解析した。
我々の解析においては、セル内色素の吸収による照射光の減衰、ナノ粒子自体による照射光の吸収を考慮したシンプルな設計の指針となり得るモデルを構築その電気的特性を比較検討した。このモデルの構築にあたってはFerber等と同様に、(1)セル内部をpsudo-homogeneousな媒体とみなし、又、(2)電解液中ではイオンが拡散によってのみ移動、(3)この拡散と対向電極界面での酸化還元反応の双方が律速過程であるとの条件のもとおこない、所謂Butler-Volmerの式を基に電流ー電圧の関係を導いた。
このモデルにおいて、一般的なDSCセルのパラメータを用いて1.5AM、100mW per square centimeterの太陽光照射時に対し電流ー電圧特性を導いた。さらにこのモデルを用いて、色素、電解液、ナノ粒子半導体の光吸収効果を定量化したところ、得られる電力の最大値は色素による照射光減衰の効果により34.5%減少、電解液の光吸収によって2.2%減少、ナノ粒子半導体自身の光吸収によって2.9%増加することが分かり、セル特性に及ぼす色素の効果が強いことが分かった。また短絡電流に対しては、光強度と電子の損失、電解液濃度、色素のナノ粒子被覆率が影響を及ぼすこと、開放電圧に対してはナノ粒子半導体の伝導帯底と酸化還元準位のエネルギー差が影響を及ぼすこと、又光電極の抵抗値、対向電極での交換電流、対称因子はfill factorに影響があることを定量的に導いた。これらの結果はDSCセル設計の指針を与えるものである。

最近は、DSCセルは電解液部分を固体ないしゲル状の高分子におき換えたものの研究がなされつつあり、より実用化の方向が示されている。この全固体型DSCセルは一種の(ナノ微粒子/色素/高分子)ヘテロ接合とも考えられる。このことは解析の面からは、(電流の発生は色素/光電極、起電力は対極が受け持っている)液体型DSCと異なり光電流発生と起電力発生が同一のヘテロ接合で行われており、CdS/CdTeなどにみられたヘテロ接合型太陽電池セルと同等と看做され得る。ナノ粒子、高分子の性質を考慮したこのヘテロ接合DSCセルの解析が今後重要となってこよう。

室温パルス電着法による化合物半導体薄膜と太陽電池

CuInS2は非公害な元化合物であり、定電流、定電位電着によって膜作製ができる。この材料は直接遷移型を示しそのバンドギャップの値が1.5eVと太陽電池吸収材として注目されている。CuInS2は作製条件により化学量論比からのずれにより、n、p双方の伝導型を示すが、太陽電池として求められるのはp型である。これは、CuInS2とヘテロ接合をつくり太陽電池を構成するCdSが作製条件に関わらず常にn型であるためである。
我々は本研究に先立って、CdSの電着室温パルス作製法を確立した。本研究ではこの技法をもとに透明導電性基板ITO上にCuInS2の最適室温パルス電着条件を求めた。その結果、最適条件はanodic voltage0.0V(vs SCE)、cathodic voltage -1.4V(vs SCE)、duty cycle 1/3の印加電位であり、膜成長速度が100-300nm/h になるとを見出した。
この条件で作製した薄膜は良質の結晶性を示し、高温の熱処理では電導性がp型からn型に変化するが、より低い熱処理温度では伝導タイプの変化が認められないことを新たに見出した。また、光伝導性の確認も行われた。さらに熱処理、エッチングを施したp-CuInS2同様に室温パルス電着法で作製したn-CdSを組み合わせてn-CdS/p-CuInS2セルをITO透明導電性基板上に作製、太陽電池としての特性の評価も試み、今後CuInS2の抵抗値の減少がこのセルの効率の上昇には必須であることを示した。

電着技術の可能性と太陽電池

化合物半導体を用いた太陽電池の模索は種々の作成方法を用いて行われているが、簡便で、コストのかからない電着法(electrodeposition)は膜成長時に同じに不純物を電解液からドープする利点と相俟って、研究がすすめられてきている。我々はすでに定電流法によりInドープCdS膜作製を実現(松永光正、修士論文(慶応義塾大学)(1993年度))したが、さらに室温、定電圧法によりより簡便にInドープCdS膜作製を実現した。ここにInドープCdSの結晶性はドープしないものと比較して遜色ないものであった。また、比抵抗はドープしないものより3桁小さかった。他方、光照射時の過渡応答より求めた寿命はトラップの影響で2桁のびた。
このような結果はCdSの太陽電池をはじめとするオプトでバイスへの可能性を拡げるものである。

ヘテロ接合型太陽電池の構成とその効率の解析

CdS/CdTeヘテロ接合太陽電池については諸論文、諸特許広報が公刊されているが、特に特許の場合、その目的と相俟って学術的に曖昧な内容が認められる。我々は上記ヘテロ接合太陽電池の性質がCdTeの伝導型及びセルの窓に色素蛍光材の塗布の有無によって大きくかわっている事実に着目、キャリア収集効率、太陽光のスペクトル分布を考慮してCdS/n-CdTe及びCdS/p-CdTeについて色素の塗布の有無による変換効率の定量的に解析した。
その結果、一般的に認められているn-CdS/n-CdTeの方が/p-CdTeの場合より効率が良いことを定量的に実証した。また蛍光体の塗布による効率上昇も定量的に求めた。さらにSi(p/n)接合太陽電池との比較も行いCdS/CdTe太陽電池の位置付けを明らかにした。

後記(武藤 準一郎)

当光物性研究室はこれで幕となる。初めに述べたように光物性の名のもとに旧、計測工学時代から現、物理情報工学科まで、基礎と応用とを結び付けることを目標に様々なテーマを取り上げてきた。一見多様に見えるテーマも振り返ってみると私自身修行時代の体験を基礎に展開していたことに気付く。すなわち
1)?1962年 Photo chemical Cell(solar cell、dye、electrolyte)
2)?1964年 Epitaxial Film Growth and Heterostructure Junction(thin film、
surface、heterojunction)
3)?1967年 Fundamentals of Electron Beam Excited Semiconductor Lasr(2-6
compound、impurity、laser)
?括弧内はkey words?

当研究室ではこれらを基に、これまで例えば以下のよう研究対象の展開をおこない、太字で示したような研究テーマを取り上げてきた。
○Dye Laser→properties of Dye→fluorescent efficiency
⇒aggregation(dimerization)
⇒(photo & thermal)deterdation
○Dye→water insoluble dye→properties of PhC + thin film
⇒organic solar cell
⇒electrochromic properties & deterdation
○2-6 compound + thin film
⇒electrodeposited film (characterization)
+ solar cell
⇒fabrication and properties of heterostructure solar cell
⇒ evaporated film (characterization)
○solar cell + electrolyte + insoluble dye
⇒nano-crystalline liquid type DSC solar cell(analysis)

20世紀は理工学の飛躍的に発展した時代と云われる。この発達は今もなお続いている。ところがこの発展、果たしてシステマチックに行われたものであろうか。一部の解決可能な問題に精力が払われ、その部分はきれいに掃き清められているが、上から見ると未解決な問題が累々と横たわっているのが現状であろう。丁度“庭“を目の荒い”熊手”で掃いたような状態である。きれいに箒の櫛目のついた横には石の山がある。
身近な分野を眺めてみても例えば半導体材料のGe、Si、GaAsの研究は“熊手”の櫛の部分に相当し、かなりの勢いで掃かれており、これは現在も多くの研究者を抱え進行中である。この分野に対しは応用面がその発展を加速しており、またオプトエレクトロニクス、光物性の寄与が大きいことは論を待たない。が、一つ横を見ると例えば半導体材料である2-6族化合物半導体では、Ge、Si、GaAsと比べて不純物の問題一つ取り上げても、未解決な問題が山積している。勿論ここでは櫛の目で解決した問題の発展、拡張で解明される問題も多い。
一例をあげる。Ge、Siで1940年末から1950年初めにかけて解明された浅い不純物準位の活性化エネルギーがキャリア数とともに変化する問題の延長線上でCdSe薄膜ついての同様の究明がなされた。[A. Kurokawa and J.Muto“Properties of μmeter- thick CdSe prepared by vacuum deposition”J.Mater.Sci.:Mater.Electron.14(2003)33.]しかしながらここに至るのに50年以上の歳月を経ている。また櫛の目の議論が通用せず、新たな発想が求められたもの、異分野の発想を持ち込んで解決したもの種々雑多であり、“庭”の櫛の目と目の間は掃き清められているところがあるにせよ、その箒の向きは種々雑多であり、到底系統的とは言えまい。
当研究室での研究スタンスは主に、この“熊手”の櫛と櫛の間にそのテーマを求めてきた。その性質から櫛の目の研究と異なり、このような研究の推進は比較的少人数にならざるを得ない。このことは研究結果の報告の形態(共同実験者の数が多くないこと)にも表れていよう。

今後の理工学の発展、展開には研究者全員が“熊手”の櫛の目指向でも、櫛と櫛との間指向でも片手落ちである。これらを取り上げる研究者の数、趣向がいかに噛み合うか、特にテーマのとりあげ方に制約の少ない大学等の場ではどうすべきか今後の問題であろう。

いささか、年報の主旨を逸脱した話になったが、ここに記した意見、議論は筆者の個人的なものである。これらに対するコメント、議論等を頂ければ有り難い。

発表論文、口答発表等

  • J.Muto and M.Kurashige”Photoelectrochemical Solar Cells(PECSC) with Mercury Cadmium Selenide Electrodes”Electrochemistry70(2002)488.
  • 真垣葉子、武藤準一郎“室温パルス電着法によるCdS薄膜の作製と評価”材料の科学と工学(材料科学)39(2002)210.
  • A. Kurokawa and J.Muto“Properties of μmeter- thick CdSe prepared by vacuum deposition”J.Mater.Sci.:Mater.Electron.14(2003)33.
  • 真垣葉子、武藤準一郎“室温パルス電着法によるCdS薄膜の作製と評価”日本材料科学会学術講演会、2002.5.31.(工学院大学)
  • 武藤準一郎、鈴木美緒、Keio Techno mallにて[白鳥研、今井研と共同で「色素増感型太陽電池」の解析のpartを担当]2002.12.11. 於東京国際フォーラム)

修士論文、卒業論文題目

修士

  • 鈴木 美緒  太陽光を照射した時の色素増感型太陽電池の電気的特性の解析
  • 真垣 葉子  室温パルス電着法によるCdS及びCuInS2の作製及びその接合の評価

学部

  • 中村 高志  定電位電着法によるIn同時ドープCdSの性質
  • 橋田 知臣  ヘテロ接合CdS/CdTe太陽電池の構成とその効率の解析的研究

Dept. Applied Physics and Physico-Informatics