2002年度 佐藤研究室

構成

教授
佐藤徹哉

大学院
篠原武尚(D3)、菅原健(M2)、中村威信(M2)、堀あずさ(M2) 、儀間清昭(M1)、小松克伊(M1)、竹ノ内伸行(M1)

学部
樫原周一郎(B4)、大谷寛(B4)、鴨崎奈々(B4)、藏浩彰(B4)、斉藤有紀(B4)、竹越光秀(B4)

研究成果

(1)スピングラス磁性に関する研究

  • 人間がものごとを連想的に記憶する仕組みには脳が持つ階層的な記憶構造が関与していることから、この特徴を磁性体に存在する階層性と関係付け、より人間に近い記憶が可能な記憶素子を実現することを目標としている。対象となる材料はスピングラス(以下SG)である。SGでは本質的に異なる記憶パターンを同時に複数個記憶させることが可能であり(多値記憶)、記憶パターンとしてのスピン構造が階層的に関係付けられること(連想記憶)が期待される。本研究では、これらの興味深い現象の基礎となるSGの本質を明らかにするために、現在もっとも有力なSGの理論と考えられるドロップレット理論の実験的検証を行っている。SG相では、系をSG転移温度以下の温度Tmに急冷し、待ち時間 間待った後に磁場を印加し磁化の緩和を測定すると、磁化の緩和率S(t)はtwにより変化し、観測時間t ~ twにピークを示す。この現象は温度Tmに急冷された後に系が平衡状態へ向かう過程を示しており、エイジング現象と呼ばれる。このエイジング現象は、ドロップレット描像と密接に関連して理解されるものであり、その詳細を明らかにすることがドロップレット理論の検証には必要である。本研究では、(1)SG微粒子のエイジングを調べることで、エイジングのメカニズムと関連した空間スケールを定量的に解明すること、および(2)スピングラス半導体に光照射を行い、キャリア励起によりスピン間相互作用が摂動を受けた状況下でエイジングを調べることで、オーバーラップの検証を行うことによりスピングラス磁性の解明を目指す。
  • 典型的なスピングラスであるAuFeの超微粒子を界面活性剤液面連続真空蒸着法で作成し、エイジング現象を調べ、ドロップレットモデルの定性的および定量的な評価を試みた。20nm程度の超微粒子において磁化の緩和率S(t)に待ち時間依存性がみられなくなった。このことはドロップレットの成長が微粒子のサイズに達しており、それ以上ドロップレットが成長しなくなるため、エイジングが起らなくなっていると解釈される。このことから実験観測時間スケールでのドロップレットの空間スケールは10~20nm程度であることが明らかとなった。
  • 磁性半導体CdMnTeにレーザーを照射することでキャリアを励起させ、相互作用の摂動ΔJを与えたときのエイジング現象を調べた。摂動ΔJを与えたとき緩和率S(t)のピークはΔJを与えないときよりも小さくなることがわかった。この挙動は、ΔJが与えられたときにオーバーラップ長と呼ばれるスケールが減少することで理解され、この結果はオーバーラップ長の存在をもっとも直接的に検証したものである。また、Mn濃度が異なるいくつかのCdMnTe単結晶を作成し、その光吸収特性を調べることで、光吸収に伴う励起キャリヤの濃度を定量的に評価し、それにより相互作用摂動の定量的評価を試みている。
  • 磁性半導体Pb1-x-ySnxMn yTeではキャリアを媒介としたRKKY相互作用により磁気的性質が決定されることから、キャリヤ密度を変化させることにより、磁気相互作用に影響が現れることが期待される。そこで、均一性の非常に高いPb0.23Sn0.72Mn0.05Te単結晶の作成を試み、それに成功した。
  • リエントラント強磁性体Ni78Mn22の中性子偏極度解析を行い、その波長依存偏極度の解析を行った。磁性体内の局所磁束密度の温度依存性を求めた結果、SG 転移温度の上下の温度範囲で、局所磁束密度は異なる分枝をもち、転移温度近傍で不連続なとびを示すことを見い出した。この結果は、先に行ったメスバウアー効果測定の結果と共に、リエントラント強磁性体のSG転移において「フラストレートしたスピンの凍結機構」が重要であることを示すものである。

(2)薄膜物性に関する研究

  • 薄膜状態における磁性体の研究は、磁気応用の面に加えて磁気秩序の本質を探る手法という観点からも非常に重要である。本研究では、強磁性とスピングラスが共存するリエントラント強磁性体と強磁性体を非磁性相を介して接合させた複合磁性体の磁気特性、非晶質状態において電気抵抗の自発的振動が発生することが報告されているCrFe薄膜、および、磁性形状記憶合金であるFePdの薄膜を研究対象としている。
  • 低温においてSG相と強磁性相が共存するリエントラント強磁性体NiMn薄膜を、非磁性層を介して強磁性薄膜と接合させた3層膜の磁気異方性の非磁性層膜厚依存性を検討した。強磁性体Niが非磁性体Cu、 Al、 Al2O3を介してNiMnと接合するNiMn/Cu/Ni3層膜において、非磁性層として金属CuとAlを用いた場合、NiMn層の一方向異方性が非磁性層膜厚に依存して振動する現象を見い出した。一方、絶縁体の非磁性層に対しては振動は観測されなかった。さらに、金属非磁性層に対してはNi層においても一方向異方性が観測された。Ni層の磁気異方性の振動現象は、NiMnが強磁性磁化を有するために非磁性層を介して両層の間に交換結合が作用することで理解される。一方、NiMn層の一方向異方性はSGの発生メカニズムと関連したものであり、それゆえ、この振動現象はSGを引き起こす磁気相互作用が強磁性磁化との交換結合で影響を受けているものと考えられる。近年磁気ヘッドなどの応用面で注目される一方向磁気異方性の一つの制御法を示したことは、磁気工学の面からも重要な知見である。
  • 非晶質CrFe合金薄膜では低温において電気抵抗が長時間にわたり振動する現象が報告されており、その起源を検討するために2元同時蒸着法を用いて作成条件を詳細に制御して非晶質CrFe合金薄膜を成膜することを目指した。これまで、蒸着レート、基板温度などを制御することで、非晶質の作成を試みてきたが、完全な非晶質を得るに至っていなかった。今回は、蒸着時の真空度をパラメタとして非晶質薄膜の作成を試みた。その結果、10-6Torr程度の比較的低い真空度においてのみ、非晶質構造を観測した。一方、作成した非晶質CrFe薄膜の電気抵抗の時間依存性を調べたが、振動現象を観測するには到らなかった。この結果より、非晶質CrFe薄膜の電気抵抗振動は、その非晶質構造の詳細に強く依存することが理解され、現在、振動現象の発見者であるOnerのグループと共同で、構造と電気抵抗振動の関係を検討している。
  • FePdはバルク状態で磁性形状記憶合金として知られる物質であるが、これを薄膜化することで、磁気と力学的変化が関連した新しい素子の開発が可能であると考えられる。本研究では2元真空蒸着法によりバルクにおいて磁性形状記憶現象が観測される組成のFePd合金の作成を試み、その均質な薄膜を作成することに成功した。しかし、バルクと比較してマルテンサイト転移に伴う磁化の変化は不明瞭である。現在、その原因を検討中である。

(3)磁性微粒子の物性に関する研究

  • 磁性体を超微粒子化すると、バルクとは大きく異なる磁性を示すことがある。その典型な材料として、4d遷移金属であるPdの超微粒子に注目している。これは、バルクでは磁気秩序を持たないが、微粒子化することで強磁性が発生する。しかし、その結果の正当性や、メカニズムについては不明である。一方、超微粒子の応用には、まだ未開拓な領域が多くある。そこで、磁性微粒子を高分子に分散した系を用いた磁気光学材料の開発、磁性微粒子配向累積膜を用いた垂直磁気媒体の開発、ドラッグデリバリーシステムへの磁性微粒子の応用を目標として研究を行った。
  • Pdは4d遷移金属の中でフェルミ準位における状態密度が最も大きく、低次元化したときに強磁性となる有力な候補である。当研究室の過去の研究により、平均半径が60Å以下の超微粒子において強磁性を示すことが報告されたが、作成時の初期真空度が10-6Torr程度であったためガスの吸着などの問題があり、強磁性秩序を示す明白な証拠を得るには至っていなかった。本研究では、Pd超微粒子を初期真空度が10-9Torrにおいて作成することに成功した。粒径の関数として磁化を調べた結果、平均半径が70?200Åの範囲では自発磁化を発現することを見い出した。小さな粒径で自発磁化が消失する特徴は今回始めて見い出したものである。この挙動は、磁化の発現が超微粒子の表面に現れる結晶面に依存することを考慮することにより説明することができる。現在その詳細を検討中である。
  • 磁性微粒子応用の一つとして微粒子を媒体に分散した系を磁気光学素子として利用する方向が考えられるが、これまでその基礎的な研究はほとんど報告されていない。特に粒径数nmの超微粒子を分散させた系の磁気光学効果については不明な点が非常に多い。粒径変化により磁気光学特性の波長依存性を制御した磁性微粒子を光学特性の優れた高分子に分散させるならば、将来の光通信に必須の短波長に適応できる光アイソレータの開発が可能になるものと期待される。本研究では、大きなスピン軌道相互作用が期待されるL10構造を持つFePd超微粒子を作成し、その応用に必要な基礎物性を検討した。超微粒子状態でL10構造を持つFePdを作成することに成功し、その磁気異方性が熱処理により急速に増大することを見い出した。今後、この微粒子をゼロ複屈折ポリマー中に分散し、磁気光学特性を調べる予定である。
  • 保磁力が異なる磁性微粒子を容易軸を揃えて累積することにより、垂直記録媒体および多値記憶媒体の作成を目的としている。磁性微粒子としてBaフェライトを用い、高分子との交互吸着を行うことにより、磁性微粒子配向累積膜の作成を試みた。種々の手法により配向累積を試みたが、現状では配向膜を作成することはできていない。
  • 磁性微粒子含有リポソームを用いたドラッグデリバリーシステムDDS(drug delivery system)の開発を目的としている。DDSとは薬物を必要な場所に必要な時間、必要な量を送達することによって、最適な治療効果を得ることを目的とする薬物投与に関する概念である。本研究では、ドラッグキャリアとして、生体膜由来リン脂質より構成されるリポソームに磁性微粒子を内包させたものを選択し、局所的な外部磁場により磁性微粒子含有リポソームを標的部位に誘導させる手法を実験的に検討した。実験としては、一様流中を運動する磁性微粒子含有リポソームを磁場勾配により滞留させ、交流磁化率を測定することでその滞留量を測定することを試みた。その結果、滞留量の空間分布とその絶対量とを評価することができることを明らかにした。

(4)測定装置の開発

  • 磁性体の研究に必要な以下の測定装置と試料作成装置の開発を進めた。
  • 複雑な磁気相転移を研究するためには比熱測定が必須であることから、相転移の測定に適した交流比熱測定装置の作製を目的としている。交流法の原理より要求される試料の温度振幅の測定にはクロメル‐コンスタンタン熱電対を用いているが、その熱電対の使用可能な温度範囲から、装置の使用温度範囲は7Kから250Kとなった。また、装置の評価を行なうため高温超伝導体YBCO(転移点92K)、スピングラスNiMnおよび磁性形状記憶合金FePdの比熱測定を行った。その結果、各試料で転移温度で特徴的な比熱の変化を観測し、FePdでは、その相転移が2次に近い1次相転移であることを確認した。
  • 複雑な磁性多層膜を制御良く作成するために、分子線エピタキシー装置を学科内で共同で導入し、現在、調整、立ち上げ中である。現在、真空系統の整備を行っている。

発表論文・学会発表・特許申請など

論文

  • T. Ogawa、 H. Nagasaki、 and T. Sato、 “Magnetic anisotropy in reentrant spin glass NiMn multilayer film”。 Journal of Magnetism and Magnetic Materials 246 169-176(2002).
  • Takenao Shinohara、 Masayuki Shigemune、 Tetsuya Sato、 and Tomoyasu Taniyama。 “Surface magnetism of PdFe fine particles”、 IEEE Transactions on Magnetism 38(5) 2634-2636(2002).
  • Shuichiro Anzai、 Hisanori Hanai、 Satoshi Hashimoto、 Yoshiyasu Takayama、 Naoya Tokiwa、 and Tetsuya Sato、 “Effect of Rh substitution on the magnetic transition temperature in the Ni2In-type Mn7Sn4″、 Journal of Physical Society of Japan 72(4) 1-2(2003).

口頭発表

  • Pd超微粒子の磁性
    篠原武尚、佐藤徹哉
    2002年9月 日本物理学会 2002年秋季大会、中部大学
  • スピングラス半導体に於ける光照射時のエイジング現象
    堀あずさ、佐藤徹哉
    2002年9月 日本物理学会 2002年秋季大会、中部大学
  • 偏極度中性子解析から見たNiMnリエントラント強磁性および多重臨界点近試料の低温相への相転移
    佐藤徹哉、篠原武尚、小川智之、武田全康
    2002年9月 日本物理学会 2002年秋季大会、中部大学
  • スピングラスAuFe超微粒子のエイジングに基づくドロップレット描像の評価
    小松克伊、佐藤徹哉
    2002年9月 日本物理学会 2002年秋季大会、中部大学
  • 高温相Mn7Sn4におけるRh置換によるリエントラントスピングラスの消失現象
    橋本哲、安西修一郎、花井久徳、佐藤徹哉
    2002年9月 日本物理学会 2002年秋季大会、中部大学
  • Ni/非磁性金属、絶縁体/NiMn薄膜に於ける磁気的性質
    竹ノ内伸行、佐藤徹哉、小川智之
    2002年9月 日本物理学会 2002年秋季大会、中部大学
  • 非晶質化されたCrFe薄膜の電気抵抗測定
    菅原健、佐藤徹哉
    2002年9月 日本物理学会 2002年秋季大会、中部大学
  • FePd超微粒子の作製と磁気測定
    蔵裕彰、篠原武尚、佐藤徹哉
    2002年9月 日本物理学会 2002年秋季大会、中部大学
  • 非晶質CrFe薄膜の電気的・磁気的性質
    菅原健、佐藤徹哉
    2003年3月 日本物理学会 第58回年次大会、東北大学
  • FCT構造を持つFePd超微粒子の磁気測定
    蔵裕彰、篠原武尚、佐藤徹哉
    2003年3月 日本物理学会 第58回年次大会、東北大学
  • スピングラスAuFe超微粒子のエイジングに基づくドロップレット描像の評価II
    小松克伊、佐藤徹哉
    2003年3月 日本物理学会 第58回年次大会、東北大学
  • スピングラス半導体における光照射時のエイジング現象
    堀あずさ、佐藤徹哉
    2003年3月 日本物理学会 第58回年次大会、東北大学
  • Pd超微粒子の磁性II
    篠原武尚、佐藤徹哉
    2003年3月 日本物理学会 第58回年次大会、東北大学

学位論文

博士論文

佐藤徹哉が副査として関係した論文

  • 山火 智:A study on low-temperature synthesis of metal oxide films via aqueous solution route
    2003年3月 (主査:今井 宏明 助教授)
  • 島崎 一紀:金属?絶縁体転移特性を用いた宇宙用機能性熱制御材料に関する研究
    2003年3月 (主査:長坂 雄二 教授)

修士論文

  • 菅原 健: 2元同時蒸着法による非晶質CrFe薄膜の作成
  • 中村 威信:磁気相転移研究のための交流比熱測定装置の作製
  • 堀 あずさ:スピングラス半導体Cd0.63Mn0.37Teにおける光照射時のエイジング現象に関する研究

学士論文

  • 大谷 寛:垂直ブリッジマン法によるPb1-x-ySnxMnyTe単結晶の成長
  • 鴨崎奈々:強磁性薄膜基板上に累積したBaフェライト超微粒子の配向性
  • 蔵 裕彰:fct構造を持つFePd超微粒子の磁気異方性
  • 斉藤有紀:ドラッグデリバリーシステムのための磁性微粒子滞留分布の測定手法
  • 竹越光秀:スピングラス半導体Cd1-xMnxTeの光照射時のエイジング現象

進路

  • 理化学研究所
  • 松下通信工業
  • 旭化成
  • 日立電気
  • Harverd大学大学院
  • 慶応義塾大学大学院
  • 東京大学大学院

Dept. Applied Physics and Physico-Informatics