■構成

助教授

横井康平

博士3年

松原裕樹

学部4年

岸井悟 小野浩史 原大輔 椿玲子

■研究成果

 a.経験的ポテンシャルを用いたアセチレン結晶の相転移(松原裕樹)

アセチレン分子は130K付近を境に低温側(Acam)と高温側(Pa3)の2つの固相をもつことが実験より知られている。いままで単純なexp-6型の2原子間ポテンシャルと簡単なパラメータ結合則を用いて古典MDを行ってきたが,両方の相に共通のパラメータが見つかっていない.特に平面構造が特徴的なAcam相の対称性の再現が難しく,ポテンシャル作成のネックになっている.同じ線形無極性分子である二酸化炭素結晶は常圧ではAcam相への転移は起こらないことや,転移のエンタルピー変化が融解のときのものと匹敵するほど大きいことなどから,Acam相では水素結合が重要な要因であると考えられる.そこで今回は水素結合を考慮した項を追加することにより,あくまで原子間ペアポテンシャルの枠内で両相にトランスフェアラビリティーをもつポテンシャルを作成することを試みた.異方性をもつ複雑な水素結合がペアポテンシャルでうまく表現できれば有用である.
ポテンシャル関数は6-exp型のバッキンガムポテンシャルにクーロン項を加えたものを基本とし,水素結合の効果をとりいれるためCH原子ペアポテンシャルのみに,水素結合項を追加した.水素結合はC≡C結合と相手分子のHのまわりの電子分布が重なることで安定化するという要素が最も重要であると考え,指数関数型の引力で表した.
パラメータを変えながらMDシミュレーションを行った結果,いくつかのパラメータにおいて従来のバッキンガム型では再現しにくかった平面構造を再現できることがわかった.シミュレーションではc軸が最も長くなってしまったが,実験値と同じ対称性が得られた.しかしこの構造が安定となるABCパラメータの範囲が狭く準安定構造の可能性が否定できないことがわかった.

 b.分子間クーロン相互作用点の工夫と評価(岸井悟)

分子動力学シミュレーションにおいては、分子間相互作用を分子内に置いた相互作用点間の相互作用として考える。そのさい、クーロン相互作用は、対象分子が単独で真空中に存在しているときに、その分子が周囲に作る静電ポテンシャル(ESP)を最もよく再現するように相互作用点上(通常原子核上)に置いた電荷(ESP電荷)同士の相互作用として考える。しかしながら、そのような方法では必ずしも妥当な電荷が求まるわけではない。今回の研究では、妥当なESP電荷の求め方、およびESP電荷とは別の方法で相互作用点を得る方法について、炭化水素(エタン、エチレン、アセチレン、キュバン)を用いて検討した。具体的には,相互作用点を原子核上に置いた場合,相互作用点をシフトした場合,電荷を原子ごとに電子と原子核に分け、原子核電荷は原子核位置に固定した上で、電子電荷位置をESPに対して最適化した場合であり,概して後の方法ほど良い結果を生じた.

 c.非経験的分子間ポテンシャルを用いた二酸化炭素結晶シミュレーション(原大輔)

従来の経験ポテンシャル関数はある特定の状態点のみを考慮して決定されたものが多く、圧力・温度などの条件が変わった場合の様々な結晶構造が再現できるとは限らず、応用範囲の広い二酸化炭素には様々な条件に対応できる関数が必要であった.本研究の目的は、二酸化炭素のいくつかの結晶構造を再現するポテンシャル関数を決定することである.
原子間ポテンシャル関数は汎用のLennard-Jones型を用いるが,まず分子間相互作用を正確に求めるために,QCISD(T)/6-311++G(d,p) で超分子法を用いて分子軌道計算を行い,かつBSSE補正を行った.その結果を用いてポテンシャル関数へのパラメータ最適化を行い,それを用いてMDシミュレーションを行った.
比較対象としてのAMBERパラメータはPa3(ドライアイス,1atm,100K)の再現はよいが、高圧領域のCmca,P42/mnmの構造再現性は良くなかった.また、別の文献パラメータではCmcaが改善されたが、Pa3における分子配向が悪かった.これに対し、今回作成したポテンシャルは、Pa3、Cmcaの再現性がさらに良くなったが、どのパラメータも概して高圧構造P42/mnmの誤差が大きい。この理由は、今回最適化したパラメータは近距離部分の誤差が遠距離部分に比べ大きかったため、20GPaという大きな圧力で分子間距離が小さい場合の再現性が悪かったものと考えられる。

 d.カーボンナノチューブの気相成長シミュレーション(椿玲子)

様々な活用面の可能性を持つカーボンナノチューブ(CNT)の研究は近年数多くなされているが,本研究ではその気相成長を分子動力学シミュレーションにより観察した.
炭素?炭素間相互作用として炭素の種々の結合状態を表現できるターソフ型でBrennerのパラメータを用いたポテンシャル関数を利用した.時間ステップは0.1fsであり,初期構造として解放端CNTを構成する炭素原子と孤立炭素原子を様々な個数で配置した.温度は20K、100Kについてそれぞれ500万ステップのシミュレーションを行った.結果はどの場合もきれいにナノチューブが成長することはなかった.ポテンシャル関数に問題があると予想されること以外にも,実際の成長過程に比べて充分長いシミュレーション時間をとれないことが再安定構造にたどり着かない原因であると思われる.

 e.ファンデルワールス相互作用点の工夫(横井康平)

分子間のファンデルワールス相互作用は,小さな分子を除けば経験的なポテンシャル関数を用いて求めるのが通常である.またその場合,相互作用点が構成原子の中心に置かれ,分子間の原子対相互作用の総和として表すことが一般的である.その条件下での精密なポテンシャル関数の欠点として,同じ元素でも分子内での結合様式の違いにより最適なパラメータの値が異なってしまうことがある.従って,全ての結合の種類を網羅するためには膨大な数のパラメータの組を最適化しなければならない.
この研究の目的は,精密なポテンシャル関数におけるパラメータの汎用化であり,(a) 結合様式に依らず,元素ごとにパラメータは1組だけとする.(b) 相互作用点を既知の物理定数を用いて自動的に決定する を目標としている.
上記の(a) は,ファンデルワールス相互作用は電子間の相互作用であり,原子の結合様式が異なっても電子数が変わらない限り,大きな変化は無いはずであるという基本的な考えから来ている.上記(b) は,結合様式の違いとはつまり電子分布の違いであることから,その重心の移動を考慮して相互作用点を原子中心からずらすことを意味し,新たな位置のパラメータを増やさないように最終的には原理的に決定できるのが理想である.
試験的な対象とする物質はエタン,エチレン,アセチレンであり,汎用的なポテンシャル関数型を用いた.最適ポテンシャルパラメータが各分子で同じになるように,炭素の相互作用点をシフトして置く場合の最適位置は,分子中心から原子中心までの各々1.2倍,1.1倍,0.8倍の位置であることが分かった.定性的には納得できる各々の分子の結合の特徴をよく表す結果が得られたが,原理的にその位置を決定するには厳密さを欠かざるを得ない.

■研究発表

2004年5月 横井康平
アセチレンの分子間ポテンシャル関数と構造相転移
日本コンピュータ化学会2004春季年会, 1O10, 東京
2004年12月 横井康平
ファンデルワールス相互作用点の工夫
第18回分子シミュレーション討論会,303S,京都
2004年12月 松原裕樹,岸井悟,横井康平
経験的ポテンシャルを用いたアセチレン結晶の相転移
第18回分子シミュレーション討論会,127P,京都
2004年12月 岸井悟,松原裕樹,横井康平
分子間クーロン相互作用点の工夫と評価
第18回分子シミュレーション討論会,218P,京都

■ 学位論文

学士論文

岸井悟:分子間クーロン相互作用点の工夫と評価
原大輔:非経験的分子間ポテンシャルを用いた二酸化炭素結晶のシミュレーション
椿玲子:カーボンナノチューブの気相成長シミュレーション

■進路

大学院,他